高齢出産について
昨今、さまざまな社会背景の変化に伴い、日本で晩婚・晩産が定着してきたことはご存じの方も多いかと思います。
年齢別の年間出生数を見ると、35歳以上になってから出産をする女性の割合は2000年頃から徐々に増え始め、2020年には出生数の3割ほどで、母体年齢が35歳よりも高くなっています。*1
高齢出産では経済的・精神的なメリットがある一方、さまざまなリスクもあると言われます。この記事では、高齢出産における母体および赤ちゃんにかかわる具体的なリスクと、リスクを減らすための試みについて、詳しくまとめてみました。
監修
山田 満稔 先生
慶應義塾大学, 医学部産婦人科学教室, 専任講師
高齢出産って何歳から?
高齢出産とは、一般的に35歳以上で初めて子どもを出産することを指します 。
初産婦で35歳以上、経産婦で40歳以上とする場合もあります。
体力や生殖機能には個人差がありますが、一般的に30歳を超えた頃から妊娠や出産に伴うリスクが徐々に高くなっていきます。
たとえば、流産・早産の確率の増加や母体へのダメージ、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病、腎機能障害といった合併症の増加が挙げられます。
妊娠や出産を一定の年齢で「高齢出産」として区別することで、年齢とともに少しずつ高まっていくリスクについて妊婦さんの自覚を促したり、医療機関に対してもリスクに備えるよう注意喚起することができます。
高齢出産の割合
厚生労働省の調査では、1990年では第一子を出産した女性の平均年齢は27歳でしたが、2011年には30歳を超えて、2016年は30.7歳でした。
高齢出産の割合は、1990年では全体の出産数に対して4.0%であったのに対し、2005年には10.8%、2016年には21.0%と全体の2割まで上昇しました。*2
2021年の概算では、その割合は29.9%にのぼる見込みとされており、高齢出産が年々増加傾向にあることが分かる結果です。
また、高齢出産には不妊治療の経験者が多いことが分かっています。
フィンランドの検討では、20-34歳の女性で体外受精技術を用いて妊娠された方が3%だったのに比較して、35-39歳で妊娠された方のうちの10%、40歳以上で妊娠された方のうち15%が体外受精を利用されたと報告されています。*3
日本産科婦人科学会のまとめによると、国内でも2020年には体外受精によって生まれた子供の割合が総出生数の約7.1%(60,381人840,385人)に達したとされています。*9
体外受精技術で妊娠された女性は、自然妊娠された方と比較して、妊娠中のうつ症状の増加や自尊心の低下、もしくはメンタルヘルスの悪化は認められないものの、妊娠や出産に特有の不安が増す可能性が指摘されています。*2, 4
高齢出産の母子別のリスクについて
このように、高齢出産の場合には母子へのさまざまな影響を考慮する必要があります。ここからは高齢出産による母体へのリスクについて詳しく見ていきます。
母体へのリスク
高齢で出産する場合には、体力の低下によって予想以上のダメージが母体に残ってしまうことがあります。母体疲労が長引き、生活リズムを取り戻すのに時間を要することも少なくありません。
乳汁分泌不全(おっぱいが出ない)や、産後うつなどが起こりやすいという指摘もあります。
・難産・流産・死産
妊娠中や出産中に起こりやすいのが、難産・流産・死産です。
母体が高齢になればなるほど、難産になりやすい傾向があります。これは加齢により、産道やその周囲の子宮口が固くなるためです。赤ちゃんがなかなか下りてこられず、お産に長い時間がかかることで、母子ともに大きな負担がかかることになります。
流産の確率も高まります。米国における研究では、35歳未満の妊婦に比べて、35歳以上40歳未満では流産率が2倍に、40歳以上では2.4倍という結果となっています。*5
流産の発症率は、妊娠全体の約15%とされており、その原因の多くは胎児が持つ染色体の問題です。女性の年齢が上がるにつれて、受精卵の染色体に重複や欠損といった数のエラーが生じやすくなり、これが高齢女性の流産率増加につながっています。
さらに、母体が高齢の場合、初期流産率とは別に40週以降での死産も増加します。母体の持つ合併症や妊娠歴などを加味しても、高齢であることは死産の増加に強く関与するとされています。
35歳未満の妊婦に比べて、35歳以上40歳未満では死産率が1.4倍に、40歳以上では2.8倍という結果となっています。*3
また、40歳以上の子宮内胎児死亡率は、35歳未満と比較すると1.9倍も増加しているという文献もあります。*5
・子宮のトラブル
加齢による子宮機能の低下も、母体へのリスクに関与しています。
はっきりとした原因はまだ分かっていないことも多くありますが、高齢出産の場合には前期破水、切迫早産、前置胎盤、常置胎盤早期剥離などのトラブルが起きやすいとされています。
分娩の際のリスクが高まることから、高齢出産では帝王切開率が増加します。順調に経腟分娩した場合と比べると、母体への負担は重くなり得ます。
その他、分娩時に大量に出血する、子宮の収縮が悪く元の状態に戻らない、といったトラブルも出産年齢とともに発生頻度が上昇することが分かっており、場合によっては母体へ強い負担がかかる可能性があります。
・妊娠高血圧症候群・妊娠糖尿病
高齢出産では、妊娠中にさまざまな合併症を起こす率も高くなることがわかっています。
高血圧や糖尿病などの生活習慣病は、妊娠という特別な負荷がかかっていない状態の方であっても、発生率が年齢とともに高まっていくのが一般的なので、年齢の高い妊婦が妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病を発症しやすいというのも当然といえるでしょう。
妊娠高血圧症候群は、妊娠中に起こる合併症の中でも発生頻度が比較的高く、また母体・胎児の命に危険がおよぶ可能性のある重大な症状の一つです。日本産科婦人科学会による「妊娠高血圧症候群の定義分類」によれば、妊娠時に高血圧を認めた場合を妊娠高血圧症候群と診断します。妊娠高血圧症候群は妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧(妊娠20 週以降に初めて高血圧を発症し分娩12 週までに正常に復する場合で,かつ妊娠高血圧腎症の定義に当てはまらないもの)、加重型妊娠高血圧腎症、高血圧合併妊娠(高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症していない場合)に分類されます。
一度妊娠高血圧症候群を発症すると、母体・胎児へのリスクはもちろんのこと、出産を終えるまで治らないので、注意が必要です。自覚症状はほとんど無いと言われていますが、むくみや体重の急激な増加、頭痛や息苦しさ、上腹部痛、嘔吐などを感じた場合にはすぐにかかりつけ医を受診しましょう。
妊娠糖尿病も、比較的高い割合で誰にでも起こりえる合併症です。妊娠をきっかけにはじめて発症する糖代謝異常のことで、妊娠中に血糖値のコントロールが上手くできなくなってしまうといった症状が起こります。
妊娠中はホルモンの影響によりインスリンへの感受性が低下することなどから血糖値が上がりやすくなりますが、高齢出産では妊娠による体への負荷がより大きくなることなどから、妊娠糖尿病の発症頻度も増加します。
これらの症状はお母さんの体調悪化を引き起こすことはもちろん、赤ちゃんの発育や体調にも影響する可能性があります。さらに流産や難産の原因になることもあるため、早期発見と適切な対処が重要です。
胎児へのリスクについて
赤ちゃんにかかわる高齢出産のリスクについても見ていきましょう。
・先天異常
出産年齢が上がると、生まれてくる赤ちゃんの染色体数に変化が起こる確率が高くなることが統計的に分かっています。
ほとんどの方が通常2本もつ染色体の数が、一本多い・少ないといった変化を持つ赤ちゃんが、出産まで成長を続けられる確率は決して高くありませんが、21・18・13番染色体や、性染色体に起こった変化の場合には出産に至る例も少なくありません。
21番染色体にトリソミー(1本多い)が起こるダウン症候群は、一般的には1,000人に1人の割合で出生するといわれていますが、40歳の妊娠では約100人に1人とその割合は上昇します。*6
それぞれの染色体疾患の症状や合併症について正しく理解し、お子さんの成長に合わせて適切な治療やサポートを行う準備ができるよう、出生前診断が実施される場合があります。*10
高齢出産のリスクを減らすには?
高齢出産に伴うすべてのリスクを解消することは難しいですが、妊娠後は年齢にかかわらず生活習慣を見直すといった工夫をすることで、いくつかのリスクを軽減すことができるかもしれません。
健康的な食生活
妊娠中は、体重が増えすぎないようにコントロールすることが大切です。
普段の食生活の内容は量よりも質を重視するようにし、野菜を多めに取り入れ、色々な食材をバランス良く使った栄養バランスの良い食事を取るようにしましょう。塩分を控えめにし、高たんぱくで低カロリーの食材を中心に摂取すると良いとされています。
野菜から先に食べるようにすることで、血糖値の急上昇や食べ過ぎを防ぐことができます。
また葉酸などの栄養素は妊娠前から意識的に摂取するのが良いとされており、厚生労働省のリーフレットによると、緑黄色野菜の積極的な摂取に加えサプリメントの活用も推奨されています。*11
妊娠初期である4~10週目頃は、胎児の脳や脊髄といった中枢神経に重要な役割を担う神経菅が形成される時期なので、妊娠が成立する1ヶ月以上前から1日0.4mgの葉酸をしっかり摂っておくと良いとされています。*6
適度な運動をする
あまり激しい運動には注意が必要ですが、適度に体を動かすことは体調管理やリフレッシュ、ストレス発散につながります。
妊娠中の過度な体重増加は、先述の妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病、難産などの原因となります。
医師から運動制限の指導を受けている場合を除き、無理のない範囲で日常に運動を取り入れることを意識してみてください。
妊婦健診を受ける
妊婦健診は赤ちゃんの様子を見るだけではなく、お母さんの子宮内の病気や異常、流産につながる異変を早期に発見できる大切な健診です。必要に応じて適切な治療を受けることができます。
二人目でも高齢出産は危険?
二人目を出産する場合であっても、高齢出産のリスクが無いわけではありません。
高齢の初産婦と同じように、糖尿病などの合併症や流産、帝王切開、染色体異常の確率の上昇といったリスクは伴います。
体型や体質にもよりますが、経産婦のほうが難産になる割合は少なくなるようです。
30代・40代の妊活に取り入れることができる検査は?
加齢による不妊では、卵子の老化や子宮の機能低下など、さまざまな要因が複雑にからみあっている場合も多く、明確な不妊の原因は分からないことがあります。
何度も胚移植をしたのに着床しない、何度も流産を繰り返している、といった辛い経験が続いた場合には、着床障害や胚の染色体数に関するオプション検査について医師と相談してみるのも良いでしょう。
・エンドメトリオ検査(ERA・EMMA&ALICE)
子宮内膜が受精卵を受け入れるのに適した状態になっているかを調べる検査です。
着床の窓を特定するERAと、子宮内の細菌バランスを調べるEMMA&ALICEを同時に実施することができます。
ERA検査で調べる着床の窓とは、子宮内膜が着床に適した状態に整うタイミングのことで、胚移植の実施が着床の窓より早すぎても、遅すぎても、健康な胚が子宮内に着床できない場合があります。
また、子宮内に共生している細菌のバランスが妊娠成績に影響すると考えられています。観察的研究によれば、善玉乳酸菌(ラクトバチルス属)が子宮内の共生細菌叢の9割以上を占めている女性は、そうでない女性に比べて妊娠率が高いことが報告されています。
EMMA&ALICE検査では、ラクトバチルス属乳酸菌と、悪玉菌や日和見菌を含めたその他の菌の割合や量を調べ、子宮内環境を改善するための治療を行うことができます。細菌性慢性子宮内膜炎の予防にも役立ちます。
ERA・EMMA&ALICE検査でラクトバチルス属乳酸菌が子宮内の細菌叢のうち90%以上を占める女性の出生率は58.8%だったと いう研究があります(同報告では、ラクトバチルス属乳酸菌が90%未満だった群の出生率は6.7%でした)。*8
・PGT-A検査
体外受精で得られた胚の染色体数を調べる検査のことを、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)とよびます。
受精卵の染色体異数性はどのご夫婦にも起こることですが、特に女性の年齢が高くなるにつれて異数性をもつ胚の割合が高くなることがわかっています。
異数性を持つ胚は、たとえ着床できても途中で流産してしまう場合が多いので、PGT-A検査を実施することで、体外受精後の流産の予防につながるとされています。これまでの治療歴や妊娠歴が一定の条件を満たしている場合には、検査の実施が可能です。
高齢出産のメリット
ここまで高齢出産におけるリスクを中心にお伝えしてきましたが、悪いことばかりではありません。高齢出産には、メリットもあるのです。
・心に余裕をもって育児ができる
若い年齢で出産すると、慣れない育児に慌てることも多いでしょう。しかし、30代後半以降になると、仕事でもキャリアを積み、豊富な人生経験を活かして落ち着いて育児に取り組むことができるようになっています。
人脈を生かして子育てに関する有益な情報の収集ができたり、育児の先輩たちに悩みを相談しやすいといった強みがあります。
想定外のことが多い育児に対しても、心にある程度の余裕を持って対応することができるでしょう。
・経済的なゆとりがある
育児には何かと費用がかかるもの。経済的なゆとりは、精神的にも物質的にも豊かにしてくれます。
育児に困ったときでも、ベビーシッターなどのサポートを受けるための費用を捻出しやすいといった利点があるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
高齢での出産はもはや珍しいことではありません。30代・40代での妊娠を考えている方や、不妊治療を継続している方にとっての安全と安心につながるよう、この記事が少しでも参考になりますように。
参考文献
*1厚生労働省. 令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/index.html
*2「出産の高齢化に伴う親子関係と心理・社会的影響 : 高齢初産婦夫婦と 35歳未満の初産夫婦との比較より」東邦大学健康科学ジャーナル 1(1) p.39‑50(2018)臼井 雅美, 園部 真美 , 鍋田 美咲, 勝川 由美, 坂梨 薫
https://mylibrary.toho-u.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TD65136445&elmid=Body&fname=td65136445_cover.pdf
*3 Klemetti R, Gissler M, Sainio S, Hemminki E. Associations of maternal age with maternity care use and birth outcomes in primiparous women: a comparison of results in 1991 and 2008 in Finland. BJOG. 2014 Feb;121(3):356-62. doi: 10.1111/1471-0528.12415. Epub 2013 Aug 14. PMID: 23944685.
*4 Gameiro S, Boivin J, Dancet E, de Klerk C, Emery M, Lewis-Jones C, Thorn P, Van den Broeck U, Venetis C, Verhaak CM, Wischmann T, Vermeulen N. ESHRE guideline: routine psychosocial care in infertility and medically assisted reproduction-a guide for fertility staff. Hum Reprod. 2015 Nov;30(11):2476-85. doi: 10.1093/humrep/dev177. Epub 2015 Sep 7. PMID: 26345684.
*5「高齢妊娠に伴う諸問題」杏林医学誌 47巻 1号 77〜79 (2016)古川誠志
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyorinmed/47/1/47_77/_pdf
*6 Hsu, LYF. Prenatal diagnosis of chromosomal abnormalities through amniocentesis. In: Genetic Disorders and the Fetus, 4th ed, Milunsky, A (Ed), The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1998. p.181.
*7産婦人科診療ガイドライン 産科編2020
*8 Evidence that the endometrial microbiota has an effect on implantation success or failure. Moreno, Inmaculada et al. American Journal of Obstetrics & Gynecology, 2016. Volume 215, Issue 6, 684 – 703.
*9 2020年ARTデータブック
https://www.jsog.or.jp/activity/art/2020data_202208.pdf
*10出生前検査認証制度等運営委員会 非侵襲性出生前遺伝学的検査
https://jams-prenatal.jp/file/nipt_setsumei_sasshi.pdf
*11妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針
https://www.mhlw.go.jp/content/000788598.pdf
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